名曲聴いて、何になる?

クラシックの名曲って、何の役に立つんだ?

クラシックの聴き始め (1)

クラシックの聴き始め (1)

マンガ『のだめ』の話で丘一郎がその場の全
員をシラケさせたあとに、まだ質問がひとつ
残っていた。

どういうキッカケでクラシック音楽聴き始め
たのか、という道場千紗の問いかけだ。
「わたしには兄がいましてね」
と丘一郎は彼女に答え始めていた。


「その兄が、ジャズとボサノヴァのレコード
を沢山持っていた。だから、それ以外のとこ
から影響がなければ、多分わたしもそのレコ
ード聞いて満足してたんじゃないかと思うん
ですよ」

「でもそこへ、クラシック音楽を勧める誰か
が現れたんだね」
慶介は千紗と丘一郎を見比べて言った。

「そうなんだ。だけど、そいつの勧め方って
のが変わっててなあ。思い出しても笑っちゃ
う」
「ああ……それは、『おまえベートーベン聴
いたことある?』みたいな、ありがちなアプ
ローチじゃなかったってこと?」

「そうそう。そいつとは同じクラスで席が近
かったんだけど、なぜかこちらの耳元で、何
か旋律……らしきものをポォーポォーポポォ
ーって口ずさむ」

「何、そのポォーポォーポポォーって。鳩で
すか?」
「ホルンの音を真似してんだよ。それもアタ
マに来るくらいしつこくしつこく毎日やるも
んだから、ついにこっちも『止めろ! 何の
つもりだ?』って怒ったんだよ」

「ふーん」
「そうしたら『これがブルックナーの第4シ
ンフォニーのテーマが出てくるとこだよ』っ
て」
「へえ」

「『知るかそんなの!』ってこっちは言って
やったんだけど、懲りないヤツで、こっちが
油断してるとふらぁっと近付いて来ちゃあ始
めるんだ」
「ポォーポォーポポォーってね?」
「そう」

「その人は何? ブル……?」
ブルックナー
ブルックナーの回し者か何か?」

「あ、イイ線いってるな。そいつは誰にも頼
まれてないのに高校があったF市に日本ブル
ックナー協会を作ろうとか言ってたからな。
かなり本気でね。

だけど当時はブルックナーなんてモーツァル
ト、ベートーベンに比べたらレコードはほん
の少ししか出ていなかったし、地方都市じゃ
まず実演は聞けなかった。

おれの印象じゃ、クラシック音楽の中でも
『珍品』みたいな扱いだったと思う、マーラ
ーだってそうだったけど」
「いつ頃の話?」

「昭和四十年代。西暦で言うと一九七〇年前
後だな」
「その彼って、音楽やる人?」
「文化祭で合唱するとか言うと、そいつが必
ず指揮してた。

だから楽譜の読みとか、高校生にしてはしっ
かりしてたんだと思うけど、彼自身がが何か
楽器を弾くところは見たことない」
そこで美智枝が言った。

「結局、お義父さんはその『ポォーポォー、
ポポォー』に負けてクラシック聴き始めたん
ですか」
「まあ、そうだな。いつだったか『そんな旋
律、しつこくひとに吹き込んでおまえは何が
面白いんだ?』って言ってやったら、そいつ
の答えが奮ってて」

「きみもこれで、ブルックナー協会の会員だ、
みたいな?」
「いやいや、彼はこう言ったの。『これで三
連符が覚えられるよ』って」
「はあ?」

「あのポォーポォー、ポポォーにつづいて三
連符がくり返し出てくるんだよ」

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