名曲聴いて、何になる?

クラシックの名曲って、何の役に立つんだ?

その記憶 (1)

その記憶 (1)


「ここだよホラ、よーく見て。西の地平線の
上に冥王星が乗っかってる。分かる? これ
はねえ、あんたが誰かを思いっきり振り回す
か、それともあべこべにあんたが誰かにとこ
とん振り回されるか、そのどっちかっていう
ことなんだよ。分かるかい? この二つ、お
んなじことなの、あんたが振り回す方でも振
り回される方でも」

(ン? なんだ、そらぁ?)
と思って丘一郎は後ろを振り返った。それは
青年時代の、というか就職活動をしていた頃
の園部丘一郎である。

(人を振り回すのと、誰かに振り回されるの
とじゃまるで逆だ。それが同じなんて理屈は
ねえだろ)

そこは上野の広小路に近い街角で、たまたま
この日、彼が友人に指定されていた待ち合わ
せ場所の雑居ビルの前だった。

道路の方を向いて立っていた丘一郎は、男の
ダミ声が聞こえてくるまで、よもや自分のす
ぐ後ろで占いをやっているなどとは夢にも思
わなかった。


正月明けの寒い時期だった。ビルの入り口横
の空間にチャチな屏風のようなものをめぐら
し、そのほんの一畳半ほどのスペースで初老
の占い師が客に向かい合っていた。

占い師は青みを帯びた灰色のジャケットに濃
い緑色で細縞のネクタイをしており、それが
丘一郎には飼い慣らした蛇でもぶら下げてい
るかのように凶々しく映った。

「そうそう! だから言っただろう。その人
なんだよ。うん……だから、あんたのその、
伯母さんていうのがこの冥王星! つまりあ
んたはその伯母さんに振り回される運命なの」

(決めつけるなあ。ぐいぐい一方的に)
そう思いながら見ていた丘一郎の視線に、こ
のとき占い師の方でも気がついた。

丘一郎は、あのとき自分を睨み返してきた占
い師の
(業の深そうな顔……)
を思い出す。

(それにしても、あの理屈。自分が人を振り
回すのも、逆に人から振り回されるのも同じ
って、どういう理屈なんだよ?)

丘一郎はその頃ついに両親をごまかしきれな
くなり、年明けから嫌々ながらに就職活動を
始めた。友人たちはみなすでに内定をもらい、
中でも銀行員になる連中などは、自宅やアパ
ートでいそいそと札数えの練習をしているの
だった。

それは彼にとって言いようもなく憂鬱な毎日
だった。受験勉強だけですっかり燃え尽きて
しまった(!)ふやけた靴ひもみたいに役立
たずの自分を、この荒っぽい社会に押し込ん
でいくことの困難を思えば、これまで一度も
真に受けたことのない怪しい占いにだって、
正直ちょっとはすがりたい気分だった。が!

あの占い師のゾッとするような目つきに出会
って
(やっぱり、おれは占いとは無縁だ)
と思わざるを得なかった。


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